物語・小説を「読む力」を育てる指導方法-物語の新三読法[3]形象よみの授業
今回は、物語の新三読法の二段階目「形象よみ」です。「形象よみ」では、作品の中でも特に重要な語や文=「鍵」に着目し、形象や形象相互の関係を読み深めていきます。
ここでは、「一つの花」(今西祐行)と「スイミー」(レオ=レオニ)を例に出して解説していきます。
▶︎物語の新三読法:[1]はじめに [2]構造よみ [3]形象よみ [4]吟味よみ
形象よみ=形象や形象相互の関係を読み深める
物語の新三読法の二段階目「形象よみ」では、作品の中でも特に重要な語や文(キーワード・キーセンテンス)=「鍵」に着目し、形象や形象相互の関係を読み深めていきます。
その際に様々な技法や仕掛けに着目、その延長線上で主題をつかんでいきます。
鍵の取り出し→読み深め
「形象よみ」には二つの過程が含まれます。
作品の中でも特に重要な語や文=「鍵」に着目していく過程です。鍵の部分に着目させる指導過程を鍵の「取り出し」と呼びます。鍵の取り出しの際には、そのための指標を提示し、子ども自身に鍵を見つけさせます。
取り出した鍵の語や文を、内容や表現にこだわりながら読み深めていく過程です。また、前後の形象(文脈)と関わらせながら読み深めてもいきます。その際に技法や様々な仕掛けにも注目します。
そして、形象の読みを総合しながら最終的に主題を読み取り、構造よみで仮説的に予測した主題を確かめていきます。
授業では、各部分(導入部—展開部—山場—終結部)の鍵の取り出し→鍵の読み深めという流れになります。形象よみの授業の後半では作品の主題へと迫っていきます。
しかし、明確な指標を生かして子ども自身が自力で鍵の部分を見つけ出すことこそが大切だと考えます。その中で子どもは確かな国語の力を身につけていきます。
鍵=作品の特に重要な部分は、導入部と事件が動いている展開部・山場では、取り出し方が違ってきます。それぞれの取り出しの指標と読み深め方をご説明します。
導入部
導入部の鍵の取り出しの指標
導入部は、その後展開されていく事件のための設定や枠組みが提示され、それが後の展開部・山場で大きな意味をもつことになります。
次の五つが導入部における鍵の取り出しの指標です。
導入部の「鍵」の取り出しの指標
- 人物の設定(主要人物の性格や癖、外見、得意なこと、職業や家族や人間関係など)
- 時の設定
- 場の設定
- 先行事件(エピソードなど人物・時・場以外の設定)
- 語り手(語り手設定、語り手による予告・解説)
導入部でまず重要なのは、人物の設定です。導入部の人物設定が、展開部や山場で大きな意味をもちます。展開部や山場でも人物像が見えてきますが、導入部の人物設定は事件が展開する前に示される設定です。
人物設定のほかにも導入では「時の設定」や「場の設定」、「先行事件」や「語り手」も重要な意味をもつこともあります。
物語や小説では、名前そのものに特徴や性格、出自などが暗示されることが多々あります。例をあげると「スイミー」「残雪」「桃太郎」「スヌーピー」などです。
例えば、「スイミー」は「Swimmy」。「swim」=「泳ぐ」という動詞が含まれ、スイミーの泳ぎの上手さを暗示しています。
例)「一つの花」(今西祐行)の場合
1.人物の設定
「一つだけちょうだい。」
これが、ゆみ子のはっきり覚えた最初の言葉でした。
重要なゆみ子の人物設定です。次のように読み深めます。
- 「はっきり覚えた最初の言葉」▶︎ゆみ子は1歳半〜2歳と推測できます。
- 最初の言葉が「一つだけちょうだい」▶︎よほどの欠乏状態にあることが読めます。
他にも導入部からは、他にもお父さんのセリフからお父さんの人柄を読むことできます。
2.時の設定
戦争のはげしかったころ
毎日、てきの飛行機が飛んできて、ばくだんを落としていきました。
町は、次々にやかれて、はいになっていきました。
この作品の時代設定です。次のように読み深めます。
「戦争のはげしかったころ」「毎日、てきの飛行機が飛んできて、ばくだんを〜はいになっていきました」
からは、戦争末期であることが読めます。より正確によむと、1944年(昭和19年)の11月にサイパン島・グアム島などが米軍に占領され、そこからB29が直接日本本土を爆撃できるようになって以降です。コスモスの咲く時期なので、1945年夏頃まで絞ることができます。
つまり、この時点で徴兵されるということは、生きて帰ってこれないことが極めて高いことを意味します。
3.場の設定
町は、次々にやかれて
この作品においてはそれほど重要な設定ではありませんが、導入部からは場の設定も取り出すことができます。
家族が住んでいる場所は地方都市の可能性が高いことが読めます。
4.先行事件
「一つの花」の導入部では、
一つだけ
という言葉が合計11回繰り返されます。そのこと自体を「先行事件」として捉えることができるかと思います。この言葉は、クライマックスで全く逆の意味として登場します。作品が「一つだけちょうだい。」から始まっていることも、象徴的な意味をもっています。
5.語り手
まだ戦争のはげしかったころのことです。
上記から、この物語が戦争の終わった時代から振り返る形でかかれていることが読めます。
また、この作品の語り手は、作品世界に登場しない三人称の存在です。展開部・山場でも、一度も人物の心の中に入ることはありません。「三人称客観視点」の語り手です。
授業ポイント
導入部の鍵の取り出しを行う際の授業ポイントは以下の通りです。
- 「この導入部から特に重要な『人物』の紹介を三箇所見つけよう。」など具体的な指示を出し、鍵の取り出しを行う。
- 1〜5の鍵が全て取り出せる場合は人物は必須としても、それ以外は授業のねらいや子どもの学習の到達度により選択する。
(「5.語り手」については小学校上学年頃からの着目でよいと思います。) - どの鍵を授業で取り上げるか迷った場合は、構造よみで見つけ出した「クライマックス」を意識しながら、より重要なところを丁寧に読み深める。
展開部&山場
展開部・山場の鍵の取り出しの指標
展開部から事件が動き始めます。そして、山場で事件が急展開を見せ、クライマックスに至り決定的な局面を迎えます。展開部・山場で鍵となる部分は、事件がより大きく動く部分、つまり事件が「発展」する部分です。
また、事件が展開する中で人物が変容したり、それまで見せなかった意外な側面をみせることがあります。
展開部・山場における鍵の取り出しの指標は共通しており、次の二つです。
展開部・山場の「鍵」の取り出しの指標
- 事件の発展(←より主要な指標)
A.人物相互の関係性の発展
B.人物の内的・外的な発展
C.事件の発展とひびきあう情景描写 - 新しい人物像
1.事件の発展は、「事件が動いた」というレベルだけでとらえるのではなく、「A.人物相互の関係性の発展」や「B.人物の内的・外的な発展」「C.事件の発展とひびきあう情景描写」などを重視してとらえることが大切です。
「1.事件の発展」「2.新しい人物像」はしばしば重なることがあります。混乱を避けるためにもまずは事件の発展に着目することが、効果的です。もちろん読み深めの際には、事件と人物を共に読んでいけばよいわけです。
例)「スイミー」(レオ=レオニ)の場合
1.事件の発展
展開部
けれど、海にはすばらしいものがいっぱいあった。おもしろいものを見るたびに、スイミーは、だんだん元気をとりもどした。
にじ色のゼリーのようなくらげ。
水中ブルドーザーみたいないせえび。
(中略)
そして、風にゆれるもも色のやしの木みたいないそぎんちゃく。
「けれど、海には〜スイミーは、だんだん元気をとりもどした。」までは、「1.事件の発展」のB.人物の内的・外的な発展と考えることができます。
その次の海の描写「にじ色のゼリーのようなくらげ。〜やしの木みたいないそぎんちゃく。」は、C.事件の発展とひびきあう情景描写に当たります。スイミーが元気を取り戻す要因となった海の描写も重要な鍵です。
山場
下記は「スイミー」のクライマックスです。クライマックスは、「事件の発展」として作品中で最大のものです。
みんなが、一ぴきの大きな魚みたいにおよげるようになったとき、スイミーは言った。
「ぼくが、目になろう。」
「みんなが〜スイミーは言った。」は、「1.事件の発展」の指標のA.人物相互の関係性の発展です。
「ぼくが、目になろう。」は、B.人物の内的・外的な発展です。
クライマックスでは主題もあわせて読んでいきます。
2.新しい人物像
多くの場合、「1,事件の発展」で取り出した鍵から「新しい人物像」も見えてきます。しかし、作品によっては「事件の発展」とは独立したかたちで人物像が示される場合があります。
山場
導入部・展開部では示されなかったスイミーのリーダーとしての新しい側面・成長が示される箇所です。
「だけど、いつまでもそこにじっとしているわけにはいかないよ。なんとかかんがえなくちゃ。」
スイミーはかんがえた。いろいろかんがえた。うんとかんがえた。
この箇所は、「事件の発展」としても取り出すことが可能ですが、「新しい人物像」の視点からも取り出すことができます。
授業ポイント
展開部・山場の鍵の取り出しを行う際の授業ポイントは以下の通りです。
- 「事件の発展」「新しい人物像」は多くの場合重なるため、まずは「事件の発展」を指標に鍵を取り出す。
- 「事件の発展」とは別に「新しい人物像」が読める場合は、そこにも着目する。
- どの鍵を授業で取り上げるか迷った場合は、導入部同様に「クライマックス」を意識しながら、より重要なところを丁寧に読み深める。
- 「クライマックス」を読み深める際には、あわせて「主題」も読み深める。主題は作品に一つだけと考える必要はない。複数の主題が読めることが多い。
拙著『増補改訂版 国語力をつける物語・小説の「読み」の授業 ―「言葉による見方・考え方」を鍛えるあたらしい授業の提案 』では、様々な教材を引用しながら物語・小説の指導過程について丁寧に解説しています。
更に「モチモチの木」「ごんぎつね」「走れメロス」については詳しい教材研究を載せています。ぜひご覧ください!
掲載教材:「モチモチの木」「ごんぎつね」「走れメロス」
📕注:「一つの花」(今西祐行)本文は、小学校国語教科書『こくご四上』(光村図書出版,2015年)による。
📕注:「スイミー」(レオ=レオニ)本文は、小学校国語教科書『こくご二上』(光村図書出版,2015年)による。教科書の分かち書きを通常の書き方に改めて引用した。