「一つの花」の教材研究[4]終結部の形象よみ&吟味よみ-作品の主題を読みひらく

「一つの花」の教材研究[4]終結部の形象よみ&吟味よみ-作品の主題を読みひらく
今回の教材:「一つの花」今西祐行 作
【国語小4教科書掲載/光村図書出版ほか】
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前回は、「一つの花」の展開部・山場の形象を読んでいきました。
最後の第四回目では、「一つの花」の終結部の形象をとらえ、さらに作品の主題を読んでいきます。
また、単元の最後に作品をさまざまな角度から再読する吟味・批評の授業も提案します。

▶︎「一つの花」の教材研究 全四回 [1]  [2]  [3] [4]

今回は「形象よみ」「吟味よみ」段階にあたります。未読の方は、先に「物語の新三読法について」と「形象よみの授業」「吟味よみの授業」をご覧ください。

「一つの花」終結部の鍵の読み深め[形象よみ]

 終結部を読んでいきます。終結部は、「それから、十年の年月がすぎました。」から始まります。

1.ゆみ子たち家族の10年後

 ゆみ子は、お父さんの顔を覚えていません。自分にお父さんがあったことも、あるいは知らないのかもしれません。

 お父さんは戦争で死んで帰ってこなかったことがわかります。ゆみ子とお母さんだけの二人暮らしです。

 とんとんぶきの小さな家

 ミシンの音

 「トントンぶきの小さな家」(=トタン屋根の家)からは決して裕福な暮らしではないことがわかります。慎ましいというよりは、貧しいともいえる暮らしのようです。「ミシンの音」からは、お母さんが内職をしていることがわかります。

  ただし、この終結部は否定的で暗い形象性はありません。

「母さん、お肉とお魚とどっちがいいの。」

ゆみ子がスキップしながら

などからは、ゆみ子とお母さんの明るい家庭が見えてきます。
 生活も貧しいものですが、何も食べるものない戦時中と違い「お肉とお魚と、どっちがいいの」と選択できる状態
にまでになっています。

2.庭いっぱいに咲くコスモスの花

 何よりコスモスの花が庭いっぱいにあります。

   ゆみ子のとんとんぶきの小さな家は、コスモスの花でいっぱいに包まれています。

   ゆみ子の高い声が、コスモスの中から聞こえてきました。

   ゆみ子が、スキップをしながら、コスモスのトンネルをくぐって出てきました。

 終結部では「コスモスの花でいっぱいに包まれて」「コスモスの中から聞こえて」「コスモスのトンネル」とコスモスが3度繰り返されますコスモスの形象が特に強調され前面に出されています。

 コスモスは、お父さんが最後の別れで「一つだけのお花、大事にするんだよう——。」とゆみ子に託した花です。クライマックスの場面がこの終結部につながっていることがわかります。
 お父さんの形見である花と遺言をお母さんとゆみ子が受け継ぎ、大事にしながら、それをさらに大きくひろげたと読めます。

3.作品の主題を読みひらく—平和に内包される悲劇

 クライマックスの形象よみで読んだとおり、この作品で「花」は戦争とは対局にある平和の象徴です。

 戦争は終わり、ゆみ子とお母さんは貧しいながらもたくさんのコスモスの「花」に囲まれ、幸せそうに暮らしています。コスモスの花はお父さんが「大事にするんだよう——」と託した花です。
 この終結部で平和を実現すことことができたと読むことができます。そういった意味では、ハッピーエンドともいえます。

 しかし、もし戦争がなければ、ここにあのお父さんもいて、ゆみ子やお母さんといっしょに暮らしていたはずです。この平和にはお父さんの死という悲劇が内包されています。平和と悲劇いう両面をこの終結部から同時に読むことができるのです。

 上記からたとえば、次のような主題を読むことができます。

  1. あたたかい家族のつながりや生活を非情にも引き裂く戦争の非常さ。
  2. 戦争の中では「戦争に役立つか役立たないか」という価値のみですべてが判断されるが、そういう中でも戦争とは相反する花を大事にすることの意義。
  3. 戦争の中にあっても「花」に象徴される平和を実現したいという願い。また、戦争や家族の死をのりこえ、父の残した言葉を大事にしながら幸せな生活を創り上げようとすることの価値。
  4. 平和で幸せな生活を実現しても、そこには戦争による父親・夫の死という現実が内包されていることの悲しさ。

 いずれも、この作品がもつものの見方・考え方としての主題です。

「一つの花」をさまざまな角度から再読する[吟味よみ]

 「一つの花」単元の最後に行う「吟味よみ」ではさまざまな角度の学習が考えられますが、たとえば「花」を象徴的に取り上げている詩などの作品を取り上げ、象徴というレトリックのもつ創造的な効果などを学び深めていくという学習が考えられます。

 今回は、詩「花」(工藤直子)を取り上げる吟味よみを紹介します。

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Point
戦争と花というかたちで「花」を象徴的に取り上げている詩、たとえば「花はどこへ行った」(ピート・シーガー)や「戦争は知らない」(寺山修司)なども良いと思います。

工藤直子の詩「花」を生かし「象徴」の学びを深める

  花
         工藤直子

 わたしは
 わたしの人生から
 出ていくことはできない

 ならば ここに
 花を植えよう

 この詩の「花」は、もちろん本当の花とも解釈できます。
 一方で、この「花」は、象徴的な意味をもっているとも解釈できます。人によって「花」を何の象徴と捉えるかはさまざまです。

 授業では、子どもたちに「みんなにとっての『花』って何だろう?」と問いかけます。もちろん子どもひとりひとりで違っていいのです。


 最後には先生ご自身も自分にとっての「花」を語ったらいいと思います。そして、まとめとして「こういうのを『象徴』と言うんだ。これからも『これは象徴だ』というものを探してみよう。」と授業を終えます。「他の作品にも「花」などを象徴的に取り上げているものがないか探してみよう。」という呼びかけも効果的かもしれません。

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Point
工藤直子さんの詩「花」は、『工藤直子詩集』(角川春樹事務所,2002年)に掲載されています。勇気・元気が湧いてくるすばらしい詩だと思います。

詩「花」の読み方

 たとえば次のように読みます。

  • 「花」は、日々繰り返される生活や労働とは一線を画す、日常を超えたもの。自分が今まで気付いていなかった価値。
  • 「花」は、お金にはならない。何かお腹を満たすものでもない。実利的な利益も得られない。
    でも、「花」に象徴される人間が生きていることを励ましてくれる価値を、日常に紛れないで再発見するということ。

 もう一つ大切なのは、「花を植えよう」と言っていることです。

 「花を飾ろう」でも「花を探そう」でもありません。土をいじり、自分の手を土でよごして植えるのです。
 花の苗だったたら、当然すぐには咲きません。その後、花が咲くまで毎日水をあげて、大事に育てないといけない、すぐには咲かない花です。

 未来に咲く新しい価値、これまでの日常や労働と少し違った「花」に象徴される何かを「植える」のではないか、と考えます。

 

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Point
もちろん、吟味よみで「一つの花」という作品そのものの良さや工夫を再読することも大切です。作品をメタ的に捉え直すことで、更に読みが深まっていきます。

 拙著『物語・小説「読み」の授業のための教材研究 ―「言葉による見方・考え方」を鍛える教材の探究―』では、「一つの花」の詳細な教材研究を掲載しています。ぜひご覧ください!

掲載教材:「少年の日の思い出」「字のない葉書」「故郷」「スイミー」「お手紙」「一つの花」「大造じいさんとガン」「海の命」

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📕注:「一つの花」本文は、小学校国語教科書『国語四・上』(光村図書出版,2015年)による。
詩「花」は、『工藤直子詩集』(角川春樹事務所,2002年)による

執筆者

国語科教育研究者
国語の教師・国語科教育研究者として、40年にわたり国語授業の研究・実践を行う。全国各地の小・中・高校や教育委員会等を訪問して授業の助言・指導や講演を行なっている。