「字のない葉書」の授業[3]形象よみ-展開部の鍵を読む[板書案]

「字のない葉書」の授業[3]形象よみ-展開部の鍵を読む[板書案]
今回の教材:「字のない葉書」向田邦子 作
【国語中1〜中2教科書 掲載/光村図書出版ほか】
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前回は「字のない葉書」導入部の形象や技法を捉えました。
今回は、展開部の形象や技法を捉えていきます。作品の中でもより重い役割を担う語・文=「鍵」に着目し、内容や表現にこだわりながら読み深めていきます。

▶︎「字のない葉書」の授業 全五回 [1] [2] [3] [4] [5]

今回は「形象よみ」段階にあたります。未読の方は、先に「物語の新三読法について」と「形象よみの授業」をご覧ください。

「字のない葉書」展開部の鍵の取り出し

  今回は、事件の動き出す「展開部」の鍵の取り出しを行います。

 展開部における鍵の取り出しの指標は以下の通りです。展開部でも「クライマックス」を意識することで、より効果的に鍵の取り出しを行うことができます。

 展開部・山場の「鍵」の取り出しの指標

  1. 事件の発展(←より主要な指標)
    A.人物相互の関係性の発展
    B.人物の内的・外的な発展
    C.事件の発展とひびきあう情景描写
  2. 新しい人物像

 ▶︎展開部・山場の鍵の取り出し指標について、詳しくはこちらの記事をご覧ください。

 着目すべきは、その事件がより大きく変化する節目、つまり「事件の発展」です。

「字のない葉書」展開部の鍵の読み深め

 「字のない葉書」展開部において、ぜひ授業で取り上げたい「鍵」についてご説明します。

1.葉書の変化とそれとつながる妹の変化

 この作品では、妹の疎開をめぐる「字のない葉書」の中身、それ自体が事件です。
 つまり、この展開部で着目すべき部分は、クライマックスに向かって変化する妹の「字のない葉書」の変化です。葉書の◯×がそのまま事件の発展になっています。また、直接描かれている妹の変化もここでは読んでいきます。

事件の動き

 終戦の年の四月、小学校一年の末の妹が甲府に学童疎開をすることになった。

 この作品の発端(事件の始まり)です。
 1945年(昭和20年)の三月には東京大空襲があり、戦況がかなり悪化している時期です。
 「小学校一年」ということは、6歳〜7歳です。精神的にも肉体的にも幼さを残す年齢です。「末の妹」ですから、家族の中でも一番幼い存在です。それだけに父親や家族の心配は大きかったはずです。

事件の動き字のない葉書の変化

父はおびただしい葉書にきちょうめんな筆で自分宛ての宛名を書いた。
「元気な日はマルを書いて、毎日一枚ずつポストに入れなさい。」

 「父はおびただしい葉書にきちょうめんな筆で自分宛ての宛名を書いた。」からは、導入部でも見た父のまめさが読めます。「おびただしい」ですから、普通は考えられないほどの多さということです。あまりにも数が多ければそれなりの金額にもなります。父親の末の妹へ深い心配が読めます。

 読者はここで初めてタイトルの「字のない葉書」正体を知ることになります

事件の動き字のない葉書の変化

 一週間ほどで、初めての葉書が着いた。紙いっぱいはみ出すほどの、威勢のいい赤鉛筆の大マルである。

 はじめは「地元婦人会が赤飯やぼた餅を振る舞って歓迎してくださった」のだから、大マルは当然です。
 ここでは「紙いっぱいはみ出すほどの」「威勢のいい赤鉛筆」が、その喜びを演出しています。これが、この後マルが急激に小さく「情けない黒鉛筆との小マル」との対比性を強めることになります。

事件の動き字のない葉書の変化

 ところが、次の日からマルは急激に小さくなっていった。情けない黒鉛筆の小マルは、ついにバツに変わった。

 「マルは急激に小さく」「情けない黒鉛筆のマル」という表現が、「紙いっぱいはみだす」などと見事な対比になっています。そしてとうとう「バツ」に変わります。

事件の動き

その頃、少し離れた所に疎開していた上の妹が、下の妹に会いに行った。
 下の妹は、校舎の壁に寄り掛かって梅干しの種をしゃぶっていたが、姉の姿を見ると、種をぺっと吐き出して泣いたそうな

 一つには味もしないような「梅干しの種」を飴がわりにしゃぶる姿がみじめさを出しています。そして、おそらくはそれまで泣くことを我慢していたが、姉(上の妹)の姿を見ると泣かないではいられない妹の姿が見えてきます。

事件の動き字のない葉書の変化

 まもなくバツの葉書も来なくなった。

 とうとう葉書も来なくなります。下降線の事件展開です。
 クライマックスから遡って展開部を読み直すと、この時父親が妹のことを強く心配し、いてもたってもいられない状態にあったことが推察できます。

事件の動き

 三月目に母が迎えに行ったとき、百日ぜきをわずらっていた妹は、しらみだらけの頭で三畳の布団部屋に寝かされていたという。

 「百日ぜき」は、栄養が足りないことによる可能性が高いと考えられます。百日ぜきは、痙攣性の発作が伴うこともある病です。伝染性があるので、一人ぽつんと別室で寝かされていたのでしょう。「しらみだらけの頭」からは、風呂に入ったりして清潔を保てるような状況でないことがわかります。

発問例

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展開部で「字のない葉書」が初めて登場するのはどの文?
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展開部で事件が変化していくのはどこだろう?何箇所もあるよね。そこに線を引いていこう。

2.描かれない父や母の心情

 「字のない葉書」の展開部では、父と母の心情の描写がかかれていないことについて着目します。

  • 父や母の妹への心配は計り知れぬほどのものだっただろうが心情の描写はない

クライマックスの父の姿がより一層衝撃的になる効果


 この時の父や母の心情の記述はなく、推察はできるものの、直接の記述が全くないからこそ、クライマックスの父の姿が一層衝撃的になります。あえて父や母の心配する姿が書かれていないということ自体が伏線と言えるかもしれません。

発問例

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展開部で、本来ならそのことを丁寧に描いてもいいのに、全く触れられていないことがある。何だろう?
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(助言として)
字のない葉書は、誰と誰のやりとり?

「字のない葉書」展開部を読み深める板書案

 鍵1〜2を読み深める板書案です。
 今回は一つにまとめていますが、実際の授業では、これをいくつかの授業に分けて使っていくことが多いと思います。

 拙著『物語・小説「読み」の授業のための教材研究 ―「言葉による見方・考え方」を鍛える教材の探究―』では、「字のない葉書」のさらに詳細な教材研究を掲載しています。ぜひご覧ください!

掲載教材:「少年の日の思い出」「字のない葉書」「故郷」「スイミー」「お手紙」「一つの花」「大造じいさんとガン」「海の命」

 次回は、山場の形象や技法を読んでいきます。

📕注:本文は、中学校国語教科書『国語2』(光村図書出版,2016年)による。

執筆者

国語科教育研究者
国語の教師・国語科教育研究者として、40年にわたり国語授業の研究・実践を行う。全国各地の小・中・高校や教育委員会等を訪問して授業の助言・指導や講演を行なっている。