「一つの花」の教材研究[3]展開部・山場の形象よみ-「花」は何の象徴か?
【国語小4教科書掲載/光村図書出版ほか】
第三回目では、「一つの花」の展開部・山場の形象や技法をとらえていきます。クライマックス箇所や「花」の象徴について考えていきます。
▶︎「一つの花」の教材研究 全四回 [1] [2] [3] [4]
今回は「形象よみ」段階にあたります。未読の方は、先に「物語の新三読法について」と「形象よみの授業」をご覧ください。
「一つの花」展開部・山場から重要な語や文=「鍵」を取り出す
「一つの花」の事件が動き出す展開部・クライマックスを含む山場から重要な語や文=「鍵」を取り出し、形象や形象相互の関係を読み深めていきます。
展開部と山場は、基本的には文単位(キーセンテンス)で取り出しを行います。
展開部・山場における鍵の取り出しの指標は以下の通りです。
展開部・山場の「鍵」の取り出しの指標
- 事件の発展(←より主要な指標)
A.人物相互の関係性の発展
B.人物の内的・外的な発展
C.事件の発展とひびきあう情景描写 - 新しい人物像
これらの指標を、さまざまな物語を読み進める中で少しずつ学ばせていきます。
Point
「鍵」の取り出しの指標と同時に、クライマックスにつながる語や文、つまり「伏線」はどれかを意識することが大切です。「クライマックスにつながるのは、どの文(どの言葉)だろう?」などと助言します。
「一つの花」展開部の鍵の読み深め
「一つの花」展開部は「それからまもなく、あまりじょうぶでないゆみ子のお父さんも〜」から「~まるで、戦争になんか行く人ではないかのように」までです(詳しくは構造よみを参照)。
展開部において、ぜひ授業で取り上げたい「鍵」についてご説明します。
1.発端—ゆみ子たち家族と戦争という状況とが深く関わっていく
まず、事件の始まりであるこの作品の発端を読んでいきます。「お父さん・ゆみ子たち家族と戦争という状況とが、出征というかたちで深く関わっていくという事件」の始まりです。
それからまもなく、あまりじょうぶでないゆみ子のお父さんも、戦争に行かなければならない日がやって来ました。
- 「あまりじょうぶでないゆみ子のお父さんも、戦争に行かなければならない日」
▶︎戦争末期の戦局がひどく悪い状況(詳しくは導入部の形象よみを参照)で、体が丈夫でないお父さんまでもが召集される。
▶︎丈夫な人でさえ戦争で亡くなっている過酷な状況の中で、丈夫でないお父さんは生きて戻ってこられない可能性が高い。
ここでは、「戦争に行く日」ではなく「戦争に行かなければならない日」となっています。
本当ならば行きたくないが、行かざるを得ないという家族の気持ちを語り手が代弁しているとも読めます。
2.戦時下では異質なものとして存在するお父さん
ここはクライマックスとも深く関わる特に重要な伏線です。お父さんの様子を丁寧に読む必要があります。
ゆみ子とお母さんの他に見送りのないお父さんは、プラットホームのはしの方で、ゆみ子をだいて、そんなばんざいや軍歌の声に合わせて、小さくばんざいをしていたり、歌を歌っていたりしていました。
まるで、戦争になんか行く人ではないかのように。
- 「プラットホームのはしの方」「小さくばんざいをしていたり、歌を歌っていたり」
▶︎プラットホームの端での見送り、小さい「ばんざい」や「歌」。目立たないひっそりとした見送り。
▶︎「他にも戦争に行く人があって、人ごみの中から、ときどきばんざいの声」や「たえず勇ましい軍歌」などとは、対照的・対比的。
お父さんの様子やそのあとに続く「まるで、戦争になんか行く人ではないかのように。」からも、お父さんは戦争という時代の大きな(暴力的な)流れの中では、異質なものとして存在していることがわかります。
発問例
「一つの花」山場の鍵の読み深め
山場は「ところが、いよいよ汽車が入ってくるというときになって、またゆみ子の『一つだけちょうだい。』が始まったのです。」から始まります。
山場で読み深めたい鍵について説明します。
1.コスモスの花とお父さんの相似性
お父さんは、プラットホームのはしっぽの、ごみすて場のような所に、わすれられたようにさいていたコスモスの花を見つけたのです。あわてて帰ってきたお父さんの手には、一輪のコスモスの花がありました。
ここは、たとえば「お父さんは、どこからかコスモスの花を見つけてきたのです。」などでもいいはずです。
しかし、「プラットホームのはしっぽの」「ごみすて場のような所に」「わすれられたようにさいていた」と丁寧に描写しています。
- 「プラットホームのはしっぽの、ごみすて場のような所にわすれられたようにさいていた花」
▶︎戦時下で花壇などはない。土地が余っていたら野菜など食べられるものを育てる。花は戦争では役に立たない、重視されない、余計なもの。
▶︎お父さんは「わすれたれたようにさいていた」花に気づくことができる人物。 - 「コスモス」
▶︎白、桃色、紅などはっきりとした色の花。手入れをしなくてもどこにでも育つ強い花(植物)。カタカナの名称をもつ花→日本名の花との差異。
そして、この部分は展開部で取り上げた下記の箇所と極めて似ています。
ゆみ子とお母さんの他に見送りのないお父さんは、プラットホームのはしの方で、ゆみ子をだいて、そんなばんざいや軍歌の声に合わせて、小さくばんざいをしていたり、歌を歌っていたりしていました。
まるで、戦争になんか行く人ではないかのように。
戦時下では役に立たないものとされる
コスモスの花
- プラットホームのはしっぽ
- ごみすて場のような所
- わすれられたようにさいていた
あまり丈夫ではないゆみ子の優しい
お父さん
- プラットホームのはしの方
- 小さくばんざいをしていたり、歌を歌って
- まるで戦争に行く人ではないかのよう
戦時下では異質なものとして描かれるお父さんの形象性と、コスモスの形象性とが重っています。
発問例
2.「一つだけのお花、大事にするんだよう——。」クライマックス
クライマックス箇所を読んでいきます。
「ゆみ。さあ、一つだけあげよう。一つだけのお花、大事にするんだよう——。」
ゆみ子は、お父さんに花をもらうと、キャッキャッと足をばたつかせてよろこびました。
構造よみの「クライマックス」の部分で既に指摘したとおり、ここでは変化や表現上の工夫を読むことができます。
- 泣いていたゆみ子が、足をばたつかせて喜ぶ。(人物の大きな変化)
- 会話文で、極めて描写性が高い。(描写の密度の高さ)
- この作品のキーワード「一つだけ」が繰り返されている。(表現上の工夫)
- 「――」という表現が使われている。(表現上の工夫)
- 「一つだけ」がこれまでの意味から180度、転換する。(主題との深い関わり)
- 二度と会えないであろうゆみ子との最後の別れで形見としての「花」、遺言としての「言葉」を送っている。(主題との深い関わり)
- 花のもつ象徴性が最も前面に出る。(主題との深い関わり)
ここでは、5・6・7に当たる箇所を中心に読み深めていきます。
180度転換する「一つだけ」の意味
「ゆみ。さあ、一つだけあげよう。一つだけのお花、大事にするんだよう——。」
ここでは作品のキーワードである「一つだけ」が2回出てきます。クライマックスでの「一つだけ」は、それ以前と意味が異なることに着目します。
- クライマックス以前の「一つだけ」
▶︎(本当はたくさんほしいけれどそれは叶わないから)せめて「一つだけ」という懇願。
▶︎ゆみ子の「一つだけちょうだい」は全て食べ物を指す。=お腹を満たすもの。
⇩ - クライマックスでの「一つだけ」
▶︎かけがえのない、貴重な、大切な、大事な「一つだけ」に変化している。
▶︎お父さんの手渡した「一つだけのお花」はお腹は満たしてくれないが、心を満たすもの。
発問例
形見としての「花」、遺言としての「言葉」
戦争末期という時代設定や「あまりじょうぶでない」などの人物設定から、お父さんは(おそらくお母さんも)自分が生きて帰ってくることはできないと覚悟をしていた可能性が高いと読んできました。(詳しくは導入部の形象よみを参照)
- 花は戦時中には役に立たない、重視されない、余計なものとされる。その「花」をお父さんはゆみ子との最後の別れで持って来た。
▶︎お父さんは、花を大事なもの、人を喜ばせることができるものとして捉え、ゆみ子に手渡している。
▶︎お父さんは、花の価値を大事にする人物(お父さんの人物の特徴が最も強く現れる場面)。 - 形見として「花」を、遺言として「一つだけのお花、大事にするんだよう——。」という言葉を贈った。
発問例
「花」は何の象徴なのか
さらに作品における、花のもつ象徴性を読んでいきます。
花
- 美しいもの
- 心を豊かにするもの
- 人を喜ばせることができるもの
- (文化的文脈としての)
柔らかさ、優しさとしての意味
戦争における花
- 役に立たないもの
- 重視されないもの
- 余計なもの
- 邪魔なもの
⇩
この作品において
「花」は戦争の対局にある=平和の象徴と読める。
ただし、この時、お父さんが「花」を平和へのメッセージを込めてゆみ子に手渡したと読むことには、少々無理があります。
あくまでもこの作品の仕掛けとして作品の見方・考え方として「花」が象徴的な意味をもつということです。
花は昔から戦争の対局にあるもの、平和の象徴として扱われてきました。「野ばら」(小川未明)、「花はどこへいった」(ピート・シーガー)、「戦争は知らない」(寺山修司)など文学や歌でも平和の象徴として登場します。
発問例
(実際に短い詩や歌詞などを示し、象徴としての花と戦争の関係に気付かせていく方法もあります。)
クライマックスの後、お父さんはゆみ子の握っている「一つの花」を見つめながら、何も言わずに行ってしまいます。クライマックスの「一つだけのお花、大事にするんだよう——。」の重要性を一層増す効果があります。
拙著『物語・小説「読み」の授業のための教材研究 ―「言葉による見方・考え方」を鍛える教材の探究―』では、「一つの花」の詳細な教材研究を掲載しています。ぜひご覧ください!
掲載教材:「少年の日の思い出」「字のない葉書」「故郷」「スイミー」「お手紙」「一つの花」「大造じいさんとガン」「海の命」
次回は終結部の形象と作品の主題を読み深めていきます。
📕注:本文は、小学校国語教科書『国語四・上』(光村図書出版,2015年)による。